2014年03月10日

東京大空襲

死者、行方不明者が10万人以上ともいわれる東京大空襲から、今日で69年が経ちました。空襲が始まったのが10日の未明だったので、丸1日が経とうとしています。
高齢者介護という仕事柄、利用者様から戦争の話をうかがうことはしばしばあり、東京大空襲を体験した方からの話をお聴きする機会もありました。

ある90代女性の利用者様は、空襲発生時に深川におられたとのことで、まさに只中です。その方は防火用の大きな水槽にずっと沈んでいて、生き残られたそうです。「荷物を離さなかった人は皆、死んでしまったよ」と、お話をされました。明けた朝、トラックに遺体が次々に積まれていくのを、ただぼんやりと、何の考えも浮かばずに見ていたそうです。氷の張るような寒い日だったのに、ずっと水に浸かっているのは、さぞ冷たかったことでしょう。
ある男性は、軍隊の仕事として、遺体を片付ける作業をされたそうです。世田谷から下町までの道のり。今の何倍もかかったことでしょう。
お2人とも当時、20歳そこそこ。淡々と話されるだけに、聴いているこちらの胸に迫るものがあります。話される内容も、体験された中のほんの一部のことだけなのに。

そしてそんな一部の、短い話だけれど、聴いたことを伝えたくて書きました。
体験された方が肉体を持ってこの世に今、生きておられる。ごく最近起こったことなのです。


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2013年10月28日

10月の 原発とエネルギーを学ぶ朝の教室@クレヨンハウス東京

久しぶりの青空がまぶしい昨日の日曜日。
クレヨンハウスさん主催の、原発とエネルギーを学ぶ朝の教室に参加をしてきました。

毎月開催しているこの教室。今回の講師は、原子力資料情報室・共同代表の山口幸夫さんでした。
無知な私は、山口さんのことを存じ上げなかったのですが、先月クレヨンハウス代表の落合恵子さんから、緊急テーマ「汚染水はいま」ということで、予定を変更して急きょ山口さんに10月の講師をお願いしたと聞き、即申し込みました。

地下のレストランは、ところ狭しと椅子が並べられ、たくさんの方が参加されています。
山口さんのお話は、専門的でありながらわかりやすく、といっても数字や記号についての内容になると、もはやワタクシついていけません。めちゃ苦手です。資料をいただいたので勉強しなくては!

結論として、「明るい未来」とはとても言いがたい、私たちの国、日本。現状を知らされて落ち込みムードのなか、最後の質問の時間では、質問者さんの一人が山口さんに「頑張りましょうよ!あきらめちゃダメなんですよ!」と、ご自分の思いをぶつけるかのような場面もありました。私たち全員の不安を、彼が引き受けた部分があったかもしれません。不安な思いが出てくると、その話をした相手に対して、やはり私たちは投影をしてしまったりするのですね。
山口さんは、全く不安をあおったりされていないし、またあきらめるともおっしゃっていないのですが。
そのときに落合恵子さんが、意見を言った彼のことも尊重しつつ、(正確ではないです)「事実を知ることはとても辛いこと。でも、その辛い事実を誠実に話してくださった山口さんに感謝をしたいと、私は思います」とおっしゃっていたのが素敵でした!

説明できるほど私が理解をしていないので、詳しい内容をすぐには書くことができないのですが、復習をしながら少しずつシェアしていきたいなーと思います。



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偉い方なのに、エラソウぶっていない朴訥とした方、という印象です。本を読むのが楽しみ!

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晴天の表参道。気持ちヨシ。



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2013年09月01日

朝の教室

9月が始まりましたね。東京はアツーイ日でした。

関東大震災から90年が経った今日「原発とエネルギーを学ぶ朝の教室」にいってきました。
様々な方のお話を聴くことのできるこの教室、表参道のクレヨンハウスさんで、2011年5月から(東日本大震災の2ヶ月後から)毎月開催されています。以前から気になりつつも、今回やっと初参加です。

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今回の講師が作家の早乙女勝元さんと知った先月。即参加決定です。
早乙女さんは現在81歳。12歳のときに東京大空襲を体験されています。江東区にある東京大空襲・戦災資料センターの館長でもあります←勉強不足な私が今日知った情報です。行かなくては!
落ち着いた穏やかな口調で、時にユーモアを交えながら、しっかりとご自分の意思、意見、思いを話す早乙女さん。魅力溢れる方でした。

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心に残る言葉がたくさんありました。
「長生きをしてこんな時代を見るとは思いませんでした」
「過去の戦争の発端をきちんと知ることができていたら、原発事故はおこらなかったのではないか」
「黙認は容認と同じこと」
「みんながある方向に流れているときに、『私は反対します』と言えること」
「今ならまだ間に合います」
ここ何年かの私自身の思いやプロセスとすごくリンクする言葉が多くて、何度もうなずきました。

昭和20年の、日本人の平均寿命(平均余命)は、男性が23.9歳、女性が37.5歳だったというお話もありました。男性は約24歳、女性は約38歳までしか生きられなかったということです。もう本当に何て時代。そのことを忘れてしまっては、亡くなった多くの方たち、今も苦しみを抱えている多くの方たちに顔向けができません。

今読んでいるアーノルド・ミンデルさんの「紛争の心理学」(目からウロコがポロポロ落ちる凄い本)のなかに、今日の早乙女さんと同じ言葉を発見。
「たとえ私たちが傍観しているだけであっても、その消極性は現状を容認してしまうことに等しい」

大切なことと、深く心に刻みます。

クレヨンハウス代表の、落合恵子さんも素敵でした。
次回の開催は、10月27日で、山口幸夫さんによる緊急講座「汚染水はいま」です。早速申し込みましたわ〜。汚染水漏れ「レベル3」って本当なのか?実際に起こっていることを知りたい。


もし、戦争や、紛争、内乱など、世界で起こっていること、震災のこと、原発のこと、ニュース番組などで見かけたりする事故や悲惨な殺人事件などなどについて、「見たくない」「知りたくない」「嫌だ」「怖い」と思ったり感じたときには、ご自分のなかの「見たくない」「知りたくない」「嫌だ」「怖い」部分。そんな場所がご自分のなかにしっかりとちゃんと存在する、あるんだということ。このことを意識してあげて、大切にしてあげることも大事かなと思います。

私にも「見たくない、怖い」と感じて、目を背けたくなったり実際に背けてしまう瞬間はたーくさんあります。そのなかに何があるのかはわからなくて、ただその怖さを感じているだけだったり、怖さを感じることもしないで抑圧することも一杯あります。でも、そんななかの深いところに、心が震えるような素晴しい何かがある、ということもわかってあげて信頼してあげたいなって思います。今は見たくないこと、見えていないことも含めての信頼です。


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降りそそぐようだったセミの声も大分静かになってきました。今日頑張っていたアブラゼミさん。




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2013年08月29日

8月6日 ヒロシマにいた若者たちと可愛いTシャツ

こんばんは!
日中は、相変わらずセミの声が響いていますが、夜には虫の声が聴こえるようになってきました。少しずつ秋の気配を感じますね。


8月6日のヒロシマ。原爆ドームや平和記念公園周辺は、朝早くから、本当にたくさんの人たちで埋めつくされていました。広島からはもちろん、日本のあちこちから、そして世界、地球上のあちこちからのたくさんの人です。
人ごみは大の苦手ですが、この、人、人、たくさんの人たちには、とても感動しました。

また、あらゆるグループが集結していることにも、改めて目を見張りました。
若い人たちがたくさんなのも、何だか嬉しい。



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平和記念式典の後。
中・高校生ピースクラブ(広島) による、「サダコと折り鶴ポスター」展。
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海外から来た子供にも鶴の折り方をおしえています。夏休み、ご家族でヒロシマ旅行なのでしょうか。素晴しいですね。
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ピースクラブの、中学生らしき女の子2人が話しかけてくれました。とーっても初々しくてキューンとしました。「私たち、もっと(ヒロシマ、原爆のことについて)勉強します」とか言っていて、めっさ可愛い!
…私も、もっと勉強します。

若い人たちによる(若者に限らず)平和のための活動、行動。東京では見かけない気がします。私が知らないだけなのかもしれませんが、目の前で実際の行動を見ている臨場感、ライブ感。胸に響きます。
特別な一日であることが、もちろん大きいとは思いつつ、平和に対する思いや熱さが違うなーと感じました。

平和のためにできること、私ならではのこと、色々と考えていきたいです。
Tシャツが可愛いのもポイントかも。大事かも!


ヒロシマのお話は、まだまだ続きます。


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2013年08月10日

私たちの見ている世界

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この写真を見て、ほとんどの人が「広島の原爆ドームだ」と思われることでしょう。もちろん私もです。
世界遺産でもある原爆ドーム。終戦後、何年も経たないうちに、いつしか『原爆ドーム』と呼ばれるようになったそうです。
1915年(大正4年)に建てられたときは、広島県物産陳列館という名前がつけられました。そして、1945年8月6日に原子爆弾が投下されるまでは、広島県産業奨励館という名前の建物でした。


8月6日の午前8時15分。爆心地の島病院から、約200mの距離にある産業奨励館の中におられた全員が、亡くなりました。即死だったそうです。



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元安川をはさんで 今の『原爆ドーム』とありし日の『広島県産業奨励館』


絵に描かれている産業奨励館 昭和のはじめ頃の風景でしょうか
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平和資料館で会ったご婦人は、お母様とお兄様を原爆によって亡くされた、とお話をしてくださいました。
産業奨励館のことについては「父が好きで、よく通っていたのよ」ともおっしゃっていました。写真や絵からも、美しい建物だとわかります。



原爆ドームという、この大事に守っていきたい建物が、その前は違う姿で違う名前で呼ばれていて、市民から親しまれていた建物であったことも、きちんと覚えていたいです。

私たちの見ている世界は、ひとつだけではないのです。



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8月6日朝の原爆ドーム







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